Masuk***
「やれやれ……。えらい目に遭ってしまった」
義兄さんの心の友だという、昴さんからレクチャーされたこと――。
『穂高くんはイケメンで図体もアレも程よく大きいけど、心が滅茶苦茶小さくて弱いよな。残念ながら』
撫で擦った俺の胸元を、拳でトンと突くように軽く殴る。
「俺のようなヤツが相手なら怖いのも分かるが、義兄の昇さんに逃げの姿勢ってどうよ?」
「逃げの姿勢?」
言ってる意味が分からず、バカみたいなオウム返しをした。空気が読めないのにも程があるな。
「おぅよ。恋人の名前をしれっと呼び捨てにされて、あからさまにイラッとしただろ。そんな態度を出したのに、さっさと逃げたじゃないか」
「確かに……。イラッとはしましたけど、そこまで騒ぎ立てるものじゃないですよね」
「穂高あのときのお前、嫉妬心を思いっきり目で表していたのに、そんなことを言うとは。大人になったというべきなのか、俺に弄られるのが恐かったからなのか」
俺の言葉に呆れたような声色で、ブツブツ言う義兄さん。
「俺は絶対にイヤだね、そんなの。たとえ昇さんでも、迷いなく交戦すっけどな。好きな相手を自分のモノみたいに言われたり扱われたりするのは、やっぱり許せないと思わないのか?」
「はぁ、まあ……」
「この場に恋人がいて一部始終を見ていたら、どうなっていたか。怒りを抑えて変にカッコつけたお前を見て、愛されているんだろうかと愛情疑われるぞ、間違いなく」
「……別に、格好つけてるワケじゃないですけどね」
俺のすべてを知り尽くしている義兄さんだからこそ、しなくていい争いを避けたかっただけなのだ。
「その言い方も、実際カッコつけてるよなぁ。しかも目に出てるぜ、内心すげぇ焦ってるのが」
「焦ってなんて――」
「いいや、超絶焦ってるね。次はどんな図星を指してくるだろうかとハラハラしながら、焦りまくってるよなぁ穂高くん」
いきなり子どもをあやすように頭を撫でられてしまい、困惑するしかない。
「俺たちの前だから、カッコつけたがるのも分かる。だがな、恋人の前ではそんなモン脱ぎ捨てちまいな。カッコつけて心の内を隠すと、恋人にいらない誤解を与えさせるだけなんだ。言葉で気持ちを伝えていても、すべてを伝えきれないからこそ、すれ違いが生じてしまうんだぜ」
どこか悲しげな表情を浮かべながら話してくれる内容に、じっと耳を傾けた。
「千秋ってコは、お前の前でカッコつけたりするのか?」
「……しません。俺に向かって、素直に気持ちをきちんと表してくれます」
出逢ったときからそうだった。そして今も……。最初はあんなに毛嫌いしていた俺に、たくさんの愛情を注いでくれている。
『好きだよ、穂高さん』
そう告げられるたびに、心臓が絞られるように軋んでしまうんだ。俺を見つめるキレイな瞳が千秋の気持ちを表していて、幸せを感じてしまう。心のすべてを癒してくれる大切な存在――。
「恋愛はケンカと似ていてなぁ。相手から目を逸らしたら負けなんだ。どうしてだと思う?」
相変わらず俺から視線を外さず、挑むように見つめる視線に負けないように、目力を込めて睨み返してみた。
「そうですね。目を逸らしたら、相手がどんなことを考えているのか。次はどんなことを仕掛けてくるのかが、分からなくなるからでしょうか」
「正解、さすがは昇さんの弟。頭いいなぁ」
くすくす笑ったと思ったら、俺の頭を撫でている手を使って、いきなり顔面を鷲掴みされてしまった。
「いぃっ!?」
大きな手で力いっぱい顔を潰す勢いで鷲掴みされる理由が、さっぱり分からない!
――痛い……痛すぎるっ!
「ほどほどにしてやってくれよ。こう見えても穂高は弱いんだから」
「あぁ!? だから痛みに対して、強くしてやってるんじゃないか、なぁ?」
なぁって聞かれても、こんなので強くなれるとは到底思えない。何を考えてるんだ、この人。
「あっ、あのっ、痛いです。離していただけませんか?」
掴んでいる腕に両手をかけたのだが、まったく歯が立たない。相当、鍛えこんでいるんだろう。
「何だよ、俺は腕1本なんだぜ。お前は2本も使ってるのに、こんなの外せないのか?」
「あ~あ。顔が潰されちゃうかも。素人相手にヤクザの全力とか、大人気ないんじゃない?」
「何を寝ぼけたこと言ってんだ、昇さん。俺みたいな相手に簡単に負けるようじゃこれから先、世の中の人間に叩かれて、恋人共々真っ逆さまに落ちるんだぜ」
(千秋と一緒に、真っ逆さまに落ちる――?)
「その両腕を使って、恋人を守っていくんだろ? 自分を守れない人間が、大切な誰かを守ることなんて、到底できないだろう。なぁ?」
男の指先が更に皮膚に食い込む感覚を感じながら、両腕に渾身の力を入れてやった。掴んでる腕をぎりぎりと絞り上げながら引っ張ってみると、呆気なく外される。
「っ……。腕の筋が変になるかと思った。やるじゃねぇか、頭を使った力技」
「俺の顔も少しだけ潰れたかもです。恋人に振られたら、慰謝料を請求しますよ」
顔を撫で擦りながら言うと、手首をぷらぷらさせて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「漁師って仕事も大変だろうけどさ、それ以上に男同士で生きていくのは、いろいろと周りから突っ込まれるからさ。機転利かせながら守りつつ、恋人には腹の内を全部晒しておけよ、なっ!」
なっ! の部分でいきなり伸ばしてきた男の腕を、寸前のところで慌てて掴み止める。
「穂高くん、何で止めるんだ。せっかく自分の見立てを、この手で確かめようとしたのになぁ」
「確かめないで下さい。潰されたら、それこそ死んでしまいます」
残った片手を使われたら、それこそお終いだ――大事な部分が潰されてしまうかもしれない。
「なりふり構わないその感じ、最初のときよりもいいわ。必死さが目から伝わってくる。それでいいんだ」
ひとり納得した顔して、あっさりと腕を引っ込めた。
「その感じ、忘れんじゃねぇぞ。結構大事なんだ、それ」
「はい、有り難うございます。それじゃあそろそろ時間なので、失礼します!」
告げられた意味が正直よく分からなかったが、また何か奇襲をかけられても対処に困ると考え、さっさとここから立ち去るべく頭を下げて、事務所をあとにした。
扉を閉めた瞬間、大声で笑うふたりの声が扉から漏れ聞こえる。
(――俺、からかわれたのか?)
さっきまで行われたことをしんみりと思い出している間に、千秋がバイトしてるコンビニに到着した。遠くから見ても簡単に見つけられる、愛おしい君の姿。楽しそうに仕事をしている千秋を見つめるだけで、自然と口元が緩んでしまうんだ。
そんなことを考えながら腕時計を見たら、あと数分でバイトが終わる時間を指していた。
(出てきたところを驚かせてやるか。それとも、家の前までついて行ってから驚かせてやるか。どっちが驚いてくれるだろうか?)
ワクワクつつ、車を駐車場に停める。そしてコンビニの影に自分の体を隠して、どうやって驚かせてやろうかと考えを巡らせていたら、千秋の声が外に響いて聞こえてきた。
ハッキリと聞こえてきたのだが――
「……どうして男と一緒に歩いているんだ、千秋」
両手にビニール袋を提げて、実に楽しそうな感じで男と喋っていた。黙って、その様子を窺うしかない。
「ゆっきーからメールが着てるよ。もう家の前にいるってさ」
「早っ! この蒸し暑い中を、ずっと待たせるのも悪いから急ごう」
「急ぎたいのは山々だけど、振動のせいで開けた途端に、ビールが大爆発するかも」
「それは勘弁だよな。アキさんの家がビール臭くなっちまうから。程よく急ごう!」
ふたり仲良く並び、急いで歩く後姿に声をかけられない状態だ。しかもこれから千秋の家で宴会をするような話に、思いっきり困惑するしかない。
「どうする……。今夜はもう、千秋の家には泊まれないだろうな」
50メートルくらい距離をとって、とぼとぼ後ろを歩いた。あとをつけたところで、中に入れないことは明確――君が楽しそうに笑っている姿を見られるだけでもあり難いことだというのに、どうしてこんなにも悲しい気持ちになるのやら。
あ~あと気落ちしているところに、隣の男が飲んでいたペットボトルを押しつけるように千秋に手渡した。
離れているので何を喋っているのかは分らないが、千秋が困ったような顔をしたのはすぐに分かった。熱心に何かを言って説得する男に、無性にイライラが募っていく。
やがて諦めた表情を浮かべて、渋々ペットボトルに口をつける千秋。
「あ……!」
「んっ?」
思わず漏らしてしまった大きな声に、千秋が反応して後ろを振り返った。その動きに慌てて人様の庭先に入り込んで、口元を押さえながらじっと身を隠す。
変に静まり返るからこそ、ふたりの会話が耳に聞こえてきた。
「どうしたの、アキさん?」
「何か……。誰かがいたような気がして。それにしても思ってた以上に、これ美味しいかも」
「でしょでしょ! 意外とイケるんですよ、イチゴクリームソーダ」
あ~あ千秋のヤツ、その男と間接キスしちゃった。何気に美味しいとか言ってるし。
「この甘酸っぱさが、バイトの疲れを癒してくれそうな感じだね。ありがと」
「どういたしまして……。まだ後ろを見ちゃって、気になるんすか?」
「うぅん、ちょっとね。聞き覚えのある声が聞こえた気がして」
(――仕方ない、とっておきのワザを繰り出すか――)
「に、にゃあぁんっ! んにゃっ!」
島にいる、ネコの鳴き声を真似してみた。滅多に真似しないので、似ているかは不明である。
「アキさん、ネコがいるみたいっすよ」
「ネコ……なのかな?」
「だって、にゃあって鳴いていたし。どんなコだろ。俺、ネコ好きなんっすよ」
こちらに近づいてくる足音が耳に聞こえてきて、自然と体が強張った。
「しましまかな、それとも真っ黒かな。確か、この辺から声が聞こえたっけ?」
コツコツと歩く靴音とともに、塀越しから男の声がハッキリと聞こえてきて、マズイ・ヤバイ・絶体絶命の文字が頭の中に次々と浮かんだ。いっそのこと男を巻き込んで驚かせてやったら、千秋がぶっ飛ぶかもしれない。
ええぃ、もうやってしまおうと腰を少し上げて、声を出しかけた瞬間、
「竜馬くん、人ん家に勝手に入ったりしたら不審者だからね。住居不法侵入で逮捕されちゃうよ!」
「まあ、そうなんですけど。でもネコの顔をちょっと見るだけ、いいでしょ?」
よし千秋、ナイスアシスト! 住居不法侵入は立派な犯罪だからね。(自分が犯していることを理解していない穂高)
右手親指を、塀の向こう側にいる千秋に向かってグーをしたら。
「あんな変な声を出すネコ見たって、きっとロクなもんじゃないと思う」
――ロクなもんじゃない、ネコの鳴き真似をした俺って( ̄□||||!!
ショックのあまり声が出そうになり慌てて口元を押さえたら、隠れている茂みがガサガサと大きな音を立ててしまった。
「ほらほら、俺たちの話声を聞いて、ネコがどこかに行ったみたい。早く家に帰ろうよ、ゆっきー待たせてるんだから」
「はぁい、残念だったなぁ」
靴音が聞こえなくなるまで、その場で待機した俺。結局この日は、カプセルホテルへ泊まることにしたのだった。
***「すっかり遅くなりましたね。あんなに長居をしたらお客さんだった場合、たくさんお金を払わなきゃならないんでしょ?」 スマホの時計を見ながら指摘してみたら、隣にいる穂高さんが小さく笑ったのが空気に乗って伝わってきた。「ん……。長居をしてもらいつつ、ドリンクをたくさん呑んでもらわないといけないからね」「だけど長居を感じさせない話の連続で、時間があっという間でした。やっぱりすごなぁ」 感嘆の声をあげる俺を乗せた車は、どこかに向かっているらしい。行き先を訊ねても、いちいち話を逸らすものだから、諦めて違う話題を喋った。 お店で俺たちの馴れ初めを喋らされるんだろうなと、一応覚悟していたのに、ソファに座った途端に始まったのは、土下座をした俺を称賛する言葉だったり、穂高さんが働いていた当時の話など、話題が次々と変わった。 そんな異様に盛り上がってる俺たちのテーブルに、お客様からの視線がチクチク感じるので思わず見返すと、必ずと言っていいほど、とある一点に視線が集中していた。 店内が薄暗い上に、一番奥側に座っているのにも関わらず、女性客の視線を独り占めしていた、赤いシャツを着ていた穂高さん。しかもちゃっかり指名が入っているのをトイレに行く道すがら、大倉さんが断っているのを聞いてしまった。『申し訳ございません。本日彼は商談をしに来ていて――』 なぁんて言いながら断っているのに、何とかしてよってしつこく詰め寄るお客様がいた。 『なーんもしていないのに、いつもよりお客様が多いのはどうしてだ? そこにいるだけで客寄せパンダならぬ、客寄せ元ホストなんてさ。井上、超ムカつく!』 北条さんがややふざけ気味に言っていたけど、その様子は本当に心中複雑になった。彼の人気をこういう所で、改めて思い知る。カッコイイ穂高さんの恋人が、俺でいいのかなって。 そういう気持ちを悟られたくなくて、妙にはしゃいでしまった。穂高さんはそんな俺を、どんな気持ちで見ていたんだろうか。 そのときのことを思い出し、口を噤んで車窓を眺める。するとそこは、見慣れた景色が流れていた。「ここって……」「懐かしいだろ。はじめて千秋と、一緒に来た場所だね」 バイトが終わる俺を待ち伏せしていた穂高さんが、騙して連れて来た高台の中腹。エンジンを切りライトを消すと、辺りは真っ暗闇に包まれた。「さて、と」
「店長さんの名前は大倉さんっていう人で、彼氏は北条レインっていう、現在ナンバーワンの人だよ」「新旧のナンバーワンを、見ることができちゃうんだね」「大倉さんも元ホストだからね。もしかしたら千秋の心を、奪いに来るかもしれないよ?」 こんなふうにって言いながら、強引に肩を抱き寄せて、掠め取るようなキスをする。ほんのわずかな触れ合いだったけど、心臓が一気に駆け出した。「ンッ!? も、ここ外なのにっ!」「ふっ、抜かりないよ。誰もいないから」「何言ってるんですか、あそこの通りに人がいる」 外でされた接触に思わず声を荒げると、肩を竦めて呆れた表情をあからさまに浮かべる。悪びれる様子がないせいで、余計にボルテージが上がってしまった。「大丈夫だ。ここは薄暗がりだから見えない」 何だろう、違和感ありまくりだ。今日に限って、やたらと大丈夫を口にするなんて。まるで、自分に言い聞かせるみたいに聞こえる。「そんな顔をしていると、大倉さんに好かれてしまうかもしれないね。ほら、ここだよ」 大きなビルにある扉を開けたら、カランコロンという音が鳴り響き、いきなり――。「いらっしゃいませ! シャングリラに、ようこそお越しくださいました」 大きな声と共に、目の前に現れた背の高いイケメン。少しだけ茶色い髪をなびかせながら、見るからに涼やかな一重瞼を細めて、俺の顔を見つめる。 意味ありげなその視線に思わずたじろいで、後ろにいる穂高さんを見上げたら、俺の腰を抱き寄せるなり、ぐいっと中に押し込む。(うわぁ、イケメンのサンドイッチにあってるよ。前を見ても後ろを見ても、整った顔立ちの人しかいない) 持ってる雰囲気だけじゃなく、オーラっていうのかな。それが躰から漂っているせいで、何もしていないのに酔ってしまいそうだった。「店長の大倉です。こういうお店に来るのは、はじめてなのかな?」 穂高さんから引き離すように右手を掴んで引っ張られ、あっという間に大倉さんに密着させられた。いきなりの行動に目を白黒させながら振り返ると、穂高さんはその場に佇んだまま、じっとしていた。(――どうして、助けてくれないんだろう?)「あ……」 そういえば穂高さん、大倉さんの恋人にイタズラして、大層怒らせたんだっけ。そのせいで、俺を助けることができないんじゃ……。 恋人だからこそ、自分ができることはひとつ
同性の恋人と遠距離恋愛をして、1年とちょっと。離れている時間が長い分だけ、逢ったときの感動はひとしおだった。『悪いがこの日のバイトを、19時上がりにできないだろうか? 一緒に出かけたいところがある』 なんていう嬉しいメッセージが先月末にあって、恋人の穂高さんと出かける約束をした。ゆえに鮮魚コーナーのバイトに2時間半だけ働いて外に出たら、見慣れた赤い車が従業員出入り口の前を塞ぐように停められていた。運転席に座る、穂高さんと目が合う。「北海道から、ホントに来ちゃったんだ。どういう理由を使って、お休みをもぎ取ってきたんだろう?」 そんな疑問を口にしながら、ドアを開けて助手席に乗り込む。「お疲れ様、千秋」 直接聞くことのできる労いの言葉に、口元が緩んでしまう。いつもならスマホ越しで聞く言葉なので、とても嬉しい。だからこそ、気がつくことがあるんだ。「ありがとうございます。あの穂高さん、疲れてるんじゃないんですか? 声に張りがない感じがしますけど」 ぐいっと顔を寄せたらギョッとした顔で、顎を引かれてしまった。「ま、まあ長距離運転してきたし、多少の疲れはあるかもしれないね」 誤魔化す時によくする営業スマイルで俺を見つめても、騙されない自信がある!「ところでどうやって、仕事を休んできたんですか? 漁の最盛期だっていう話を、船長さんから聞いているんですけど」 北海道のとある島で漁師をしている穂高さん。彼と恋人同士なのを知っている船長さんとは、電話でよくやり取りする仲だった。「のっぴきならない事情のために、千秋の所に行ってくると伝えたのだが」(何でそれであっさりと休みが取れちゃうんだよ、呆れた……)「どうせ穂高さんのことだから気を取られて、ドジばかりしていたんでしょうね」「どうして分かったんだい?」「えっ!!」 まったく、困った人だな。だからお休みを戴けたんだ、納得!「千秋は俺のことを、本当によく理解しているね。嬉しく思うよ」 呆れ果てて固まる俺を尻目に、ニッコリとほほ笑みながら、アクセルを踏み込んで車を出す。「……あの、どこに向かうんでしょうか?」「メンズキャバクラ、シャングリラ。俺の元職場なんだが」 むー、ホストクラブとメンズキャバクラって、何が違うんだろ? 女性客を相手にするのは、何となくわかる感じだけどな。「そこの店長さんの恋
「穂高さん、あの……」「わかってる。今の君の血を吸っても、無意味なものになるね。だが――」 柔らかい唇が俺の肌を甘噛みした。牙が当たらないように何度も噛む、優しいその行為に、自然と息があがってしまう。「大好きな君を愛したい。愛させてくれ千秋」 穂高さんの低い声色を聞いただけで、どうにかなってしまいそうだった。「ここに来てくれて、すごく嬉しいです」「つらいときは、遠慮なく呼んでほしい。能力を使って、すぐに飛んでいくよ」「お仕事、忙しいのに……」 感じて掠れてしまった俺の言葉を聞いて、穂高さんがやっと顔をあげる。見下ろしてくる視線は、とても優しさを感じさせるものだった。「確かに仕事は忙しいが、数日間俺がいなくても支障はない。それに仕事には労働者の代えがきくが、千秋はこの世にひとりしかいない、俺のとって大切な存在だ。かけがえのない君が、ここで苦しんでいるのが分かっているというのに、傍に駆けつけない恋人がいると思うかい?」「それは、そのぅ」「しかもその原因を作ったのは、この俺だ。今度からは、遠慮せずに言ってほしい。つらいって、傍に来てくれって。お願いだから、もっと我儘を言ってくれ」 切々と語った穂高さんは、俺をぎゅっと抱きしめた。息苦しさすら感じさせる抱擁なのに、今の自分にはそれすら、心地よく感じさせるもので――。「穂高さん、俺ね……」「ん?」「貴方にこうして愛されるだけで、涙が出そうになる。嬉しくて、どうにかなってしまいそうなんですよ」 さきほどまで感じていた吸血衝動が、みるみるうちになくなっていくのを感じた。あれだけ喉の奥が干上がっていたのに、今は何かで満たされている。「千秋、人間の姿に……」「戻ってるみたいですね。穂高さんの想いを躰全部で感じていたら、自然と苦しさがなくなっていきました」 穂高さんの大きな背中に腕を回して、同じように抱きしめ返してみる。すると肺の全部を使ったような、深いため息をひとつついてから「よかった」と低い声で呟いた。「きっと穂高さんの血で吸血鬼になったから、穂高さんの優しさで治まってしまうのかもしれませんね」「だったらますます、俺が駆けつけなければならないね。まいった……」 俺のオデコにこつんと自身のオデコをぶつけて、困ったように笑う大好きな顔が目の前にある。薄暗がりだし、近すぎて焦点が合わなくてよく
「なんていうか……。穂高さんが傍にいてくれるだけで、つらいのがなくなる気がします」 視線を逸らしながら、思っていたことを口にする。下半身の事情で焦っているせいか、さっきまでつらかった吸血衝動が、多少なりとも緩和されていた。「千秋は我慢強いね。俺も見習わなくてはいけないな」 カーテンの隙間から入り込む僅かな月明かりが、穂高さんを照らした。俺の顔をじっと見つめながら、印象的な瞳を意味深に細める表情を目の当たりにして、胸がきゅっとしなる。 それと同時に、栗色の髪も月明かりの加減で金髪に見えるせいで、ヴァンパイアの姿をした彼に激しく抱かれたことを思い出してしまった。「穂高さん……」 妙に掠れた自分の声が、部屋の中に響く。どことなく誘っているようなそれを聞いた途端に、目の前にある形のいい口角の端が上がった。 意味ありげな穂高さんの微笑に、何度も目を瞬かせるしかない。こんなふうに微笑まれる意味が、さっぱり思いつかないからだった。「なぁ千秋、布団の上から抱きしめた時点で君が勃っていることに、ちゃっかり気がついていたんだが――」「えっ!?」「素知らぬふりして、そのままやり過ごせるほど、できた男じゃないんでね」 穂高さんの言葉に驚いて、布団を握りしめていた力が呆気なく抜けてしまった。見ていてそれが分かったのか、次の瞬間には勢いよく布団が剥ぎ取られてしまう。 外気にさらされた躰は、ぬくもりが瞬く間に消え去り、厚手のパジャマを着ていても背筋がぞくっとした。ヴァンパイアの状態でいるときは体温が低いので、寒さが余計に堪える。「君の体温をできるだけ奪わないように、あたためてあげる。こうして――」 手にした布団を自分に背中に被せるなり、俺に跨ってきた穂高さん。そのままゆっくりと包み込むように、躰の上に倒れてきた。「あったかい……」 冷えた躰に、穂高さんの体温がとても心地よかった。俺の頬にオデコをすりりと擦りつけてから、首筋にキスを落とす。「千秋がヴァンパイアだというのに、君の香りを嗅ぐだけで、いつものように吸血したくなる」「えっ?」 いつも俺を吸血するときに噛む場所に、穂高さんの牙の側面が当たって、彼が変身したことが分かった。
「君の血が欲しくて来たんじゃない。吸血衝動のつらさを知っているから、少しでも楽になればと思ってね」 まったく触れていないというのに、俺の目を惹きつけずにはいられない穂高さんの姿を見ただけで、下半身のカタチが変わってしまったということが、ものすごく恥ずかしい。 彼はひとえに俺を想って、遠い場所からこうして、わざわざ来てくれたというのに――。 それを知られないようにすべく、両腕で布団を引っ張った。妙な振動を与えないために、躰を緊張させて強張らせる。「千秋、相当つらそうだね。呼吸もかなり荒くなってる」「ええっ、えっと布団の中にずっと引きこもっていたから、酸素が足りなくなっているのかもしれないです。……多分」 首から下は完全に布団の中に入ってる。穂高さんに布団を剥ぎ取られなければ、俺が勃っていることは知られない。「ヴァンパイアの姿でいるのは、寒くないかい? 俺が布団の中に入って、抱きしめながら温めてあげよう」 布団の上から抱きしめていた俺の躰を放し、立ち上がって両目を閉じた穂高さんは、次の瞬間には人間の姿に代わっていた。「だだだ、大丈夫ですよ。しばらく布団の中に入っていたので、そこまで寒くはありません。本当に!」「俺はもともと体温の低い男だから、もしかしたら千秋の熱を奪ってしまうかもしれないね。それが分かっているから、そんなことを言って断っているんだろう?」 眉間に皺を寄せた顔を近づけて、「他にできることがあるだろうか」なんて言われたら、断ることなんてできやしない。







