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「やれやれ……。えらい目に遭ってしまった」
義兄さんの心の友だという、昴さんからレクチャーされたこと――。
『穂高くんはイケメンで図体もアレも程よく大きいけど、心が滅茶苦茶小さくて弱いよな。残念ながら』
撫で擦った俺の胸元を、拳でトンと突くように軽く殴る。
「俺のようなヤツが相手なら怖いのも分かるが、義兄の昇さんに逃げの姿勢ってどうよ?」
「逃げの姿勢?」
言ってる意味が分からず、バカみたいなオウム返しをした。空気が読めないのにも程があるな。
「おぅよ。恋人の名前をしれっと呼び捨てにされて、あからさまにイラッとしただろ。そんな態度を出したのに、さっさと逃げたじゃないか」
「確かに……。イラッとはしましたけど、そこまで騒ぎ立てるものじゃないですよね」
「穂高あのときのお前、嫉妬心を思いっきり目で表していたのに、そんなことを言うとは。大人になったというべきなのか、俺に弄られるのが恐かったからなのか」
俺の言葉に呆れたような声色で、ブツブツ言う義兄さん。
「俺は絶対にイヤだね、そんなの。たとえ昇さんでも、迷いなく交戦すっけどな。好きな相手を自分のモノみたいに言われたり扱われたりするのは、やっぱり許せないと思わないのか?」
「はぁ、まあ……」
「この場に恋人がいて一部始終を見ていたら、どうなっていたか。怒りを抑えて変にカッコつけたお前を見て、愛されているんだろうかと愛情疑われるぞ、間違いなく」
「……別に、格好つけてるワケじゃないですけどね」
俺のすべてを知り尽くしている義兄さんだからこそ、しなくていい争いを避けたかっただけなのだ。
「その言い方も、実際カッコつけてるよなぁ。しかも目に出てるぜ、内心すげぇ焦ってるのが」
「焦ってなんて――」
「いいや、超絶焦ってるね。次はどんな図星を指してくるだろうかとハラハラしながら、焦りまくってるよなぁ穂高くん」
いきなり子どもをあやすように頭を撫でられてしまい、困惑するしかない。
「俺たちの前だから、カッコつけたがるのも分かる。だがな、恋人の前ではそんなモン脱ぎ捨てちまいな。カッコつけて心の内を隠すと、恋人にいらない誤解を与えさせるだけなんだ。言葉で気持ちを伝えていても、すべてを伝えきれないからこそ、すれ違いが生じてしまうんだぜ」
どこか悲しげな表情を浮かべながら話してくれる内容に、じっと耳を傾けた。
「千秋ってコは、お前の前でカッコつけたりするのか?」
「……しません。俺に向かって、素直に気持ちをきちんと表してくれます」
出逢ったときからそうだった。そして今も……。最初はあんなに毛嫌いしていた俺に、たくさんの愛情を注いでくれている。
『好きだよ、穂高さん』
そう告げられるたびに、心臓が絞られるように軋んでしまうんだ。俺を見つめるキレイな瞳が千秋の気持ちを表していて、幸せを感じてしまう。心のすべてを癒してくれる大切な存在――。
「恋愛はケンカと似ていてなぁ。相手から目を逸らしたら負けなんだ。どうしてだと思う?」
相変わらず俺から視線を外さず、挑むように見つめる視線に負けないように、目力を込めて睨み返してみた。
「そうですね。目を逸らしたら、相手がどんなことを考えているのか。次はどんなことを仕掛けてくるのかが、分からなくなるからでしょうか」
「正解、さすがは昇さんの弟。頭いいなぁ」
くすくす笑ったと思ったら、俺の頭を撫でている手を使って、いきなり顔面を鷲掴みされてしまった。
「いぃっ!?」
大きな手で力いっぱい顔を潰す勢いで鷲掴みされる理由が、さっぱり分からない!
――痛い……痛すぎるっ!
「ほどほどにしてやってくれよ。こう見えても穂高は弱いんだから」
「あぁ!? だから痛みに対して、強くしてやってるんじゃないか、なぁ?」
なぁって聞かれても、こんなので強くなれるとは到底思えない。何を考えてるんだ、この人。
「あっ、あのっ、痛いです。離していただけませんか?」
掴んでいる腕に両手をかけたのだが、まったく歯が立たない。相当、鍛えこんでいるんだろう。
「何だよ、俺は腕1本なんだぜ。お前は2本も使ってるのに、こんなの外せないのか?」
「あ~あ。顔が潰されちゃうかも。素人相手にヤクザの全力とか、大人気ないんじゃない?」
「何を寝ぼけたこと言ってんだ、昇さん。俺みたいな相手に簡単に負けるようじゃこれから先、世の中の人間に叩かれて、恋人共々真っ逆さまに落ちるんだぜ」
(千秋と一緒に、真っ逆さまに落ちる――?)
「その両腕を使って、恋人を守っていくんだろ? 自分を守れない人間が、大切な誰かを守ることなんて、到底できないだろう。なぁ?」
男の指先が更に皮膚に食い込む感覚を感じながら、両腕に渾身の力を入れてやった。掴んでる腕をぎりぎりと絞り上げながら引っ張ってみると、呆気なく外される。
「っ……。腕の筋が変になるかと思った。やるじゃねぇか、頭を使った力技」
「俺の顔も少しだけ潰れたかもです。恋人に振られたら、慰謝料を請求しますよ」
顔を撫で擦りながら言うと、手首をぷらぷらさせて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「漁師って仕事も大変だろうけどさ、それ以上に男同士で生きていくのは、いろいろと周りから突っ込まれるからさ。機転利かせながら守りつつ、恋人には腹の内を全部晒しておけよ、なっ!」
なっ! の部分でいきなり伸ばしてきた男の腕を、寸前のところで慌てて掴み止める。
「穂高くん、何で止めるんだ。せっかく自分の見立てを、この手で確かめようとしたのになぁ」
「確かめないで下さい。潰されたら、それこそ死んでしまいます」
残った片手を使われたら、それこそお終いだ――大事な部分が潰されてしまうかもしれない。
「なりふり構わないその感じ、最初のときよりもいいわ。必死さが目から伝わってくる。それでいいんだ」
ひとり納得した顔して、あっさりと腕を引っ込めた。
「その感じ、忘れんじゃねぇぞ。結構大事なんだ、それ」
「はい、有り難うございます。それじゃあそろそろ時間なので、失礼します!」
告げられた意味が正直よく分からなかったが、また何か奇襲をかけられても対処に困ると考え、さっさとここから立ち去るべく頭を下げて、事務所をあとにした。
扉を閉めた瞬間、大声で笑うふたりの声が扉から漏れ聞こえる。
(――俺、からかわれたのか?)
さっきまで行われたことをしんみりと思い出している間に、千秋がバイトしてるコンビニに到着した。遠くから見ても簡単に見つけられる、愛おしい君の姿。楽しそうに仕事をしている千秋を見つめるだけで、自然と口元が緩んでしまうんだ。
そんなことを考えながら腕時計を見たら、あと数分でバイトが終わる時間を指していた。
(出てきたところを驚かせてやるか。それとも、家の前までついて行ってから驚かせてやるか。どっちが驚いてくれるだろうか?)
ワクワクつつ、車を駐車場に停める。そしてコンビニの影に自分の体を隠して、どうやって驚かせてやろうかと考えを巡らせていたら、千秋の声が外に響いて聞こえてきた。
ハッキリと聞こえてきたのだが――
「……どうして男と一緒に歩いているんだ、千秋」
両手にビニール袋を提げて、実に楽しそうな感じで男と喋っていた。黙って、その様子を窺うしかない。
「ゆっきーからメールが着てるよ。もう家の前にいるってさ」
「早っ! この蒸し暑い中を、ずっと待たせるのも悪いから急ごう」
「急ぎたいのは山々だけど、振動のせいで開けた途端に、ビールが大爆発するかも」
「それは勘弁だよな。アキさんの家がビール臭くなっちまうから。程よく急ごう!」
ふたり仲良く並び、急いで歩く後姿に声をかけられない状態だ。しかもこれから千秋の家で宴会をするような話に、思いっきり困惑するしかない。
「どうする……。今夜はもう、千秋の家には泊まれないだろうな」
50メートルくらい距離をとって、とぼとぼ後ろを歩いた。あとをつけたところで、中に入れないことは明確――君が楽しそうに笑っている姿を見られるだけでもあり難いことだというのに、どうしてこんなにも悲しい気持ちになるのやら。
あ~あと気落ちしているところに、隣の男が飲んでいたペットボトルを押しつけるように千秋に手渡した。
離れているので何を喋っているのかは分らないが、千秋が困ったような顔をしたのはすぐに分かった。熱心に何かを言って説得する男に、無性にイライラが募っていく。
やがて諦めた表情を浮かべて、渋々ペットボトルに口をつける千秋。
「あ……!」
「んっ?」
思わず漏らしてしまった大きな声に、千秋が反応して後ろを振り返った。その動きに慌てて人様の庭先に入り込んで、口元を押さえながらじっと身を隠す。
変に静まり返るからこそ、ふたりの会話が耳に聞こえてきた。
「どうしたの、アキさん?」
「何か……。誰かがいたような気がして。それにしても思ってた以上に、これ美味しいかも」
「でしょでしょ! 意外とイケるんですよ、イチゴクリームソーダ」
あ~あ千秋のヤツ、その男と間接キスしちゃった。何気に美味しいとか言ってるし。
「この甘酸っぱさが、バイトの疲れを癒してくれそうな感じだね。ありがと」
「どういたしまして……。まだ後ろを見ちゃって、気になるんすか?」
「うぅん、ちょっとね。聞き覚えのある声が聞こえた気がして」
(――仕方ない、とっておきのワザを繰り出すか――)
「に、にゃあぁんっ! んにゃっ!」
島にいる、ネコの鳴き声を真似してみた。滅多に真似しないので、似ているかは不明である。
「アキさん、ネコがいるみたいっすよ」
「ネコ……なのかな?」
「だって、にゃあって鳴いていたし。どんなコだろ。俺、ネコ好きなんっすよ」
こちらに近づいてくる足音が耳に聞こえてきて、自然と体が強張った。
「しましまかな、それとも真っ黒かな。確か、この辺から声が聞こえたっけ?」
コツコツと歩く靴音とともに、塀越しから男の声がハッキリと聞こえてきて、マズイ・ヤバイ・絶体絶命の文字が頭の中に次々と浮かんだ。いっそのこと男を巻き込んで驚かせてやったら、千秋がぶっ飛ぶかもしれない。
ええぃ、もうやってしまおうと腰を少し上げて、声を出しかけた瞬間、
「竜馬くん、人ん家に勝手に入ったりしたら不審者だからね。住居不法侵入で逮捕されちゃうよ!」
「まあ、そうなんですけど。でもネコの顔をちょっと見るだけ、いいでしょ?」
よし千秋、ナイスアシスト! 住居不法侵入は立派な犯罪だからね。(自分が犯していることを理解していない穂高)
右手親指を、塀の向こう側にいる千秋に向かってグーをしたら。
「あんな変な声を出すネコ見たって、きっとロクなもんじゃないと思う」
――ロクなもんじゃない、ネコの鳴き真似をした俺って( ̄□||||!!
ショックのあまり声が出そうになり慌てて口元を押さえたら、隠れている茂みがガサガサと大きな音を立ててしまった。
「ほらほら、俺たちの話声を聞いて、ネコがどこかに行ったみたい。早く家に帰ろうよ、ゆっきー待たせてるんだから」
「はぁい、残念だったなぁ」
靴音が聞こえなくなるまで、その場で待機した俺。結局この日は、カプセルホテルへ泊まることにしたのだった。
*** その日、いつものようにバイトに勤しみ、何ごともなく終えることができた。竜馬くんと一緒に仕事をしないだけなのに、ビックリするくらい疲れがなくて――。「それだけ彼の存在が俺にとって、ストレスになっていたんだな」 ぼそっと独り言を言いながらロッカーを閉め、軽い足取りで店の外に出た。体を包み込む冷たい空気も、全然平気――穂高さんもこの時間、海の上で頑張っているんだよなと口元に笑みを湛えたときだった。「お疲れ様、アキさん」 音もなく突如現れた竜馬くんに、絶句するしかない。この状況って俺が穂高さんに迫られたときと、まったく同じじゃないか。「な、んで?」 反応しちゃダメだって穂高さんに言われてたけど、待ち伏せされるなんて思ってもいなかったから、つい声をかけてしまった。「何でって、それは俺が言いたいよ。いきなりシフトを変えちゃうんだもんな。大学だって逢うのはマレなのに、ここでも逢えないとなったら、アキさんの帰りを狙うしかないじゃないか」 帰りを狙うって、そんな――。「ハハッ、すっごく驚いた顔してる。それに安心して。夜道で襲ったりしないから」「と、当然だよ、そんなの……」 今更だけど動揺しまくりの顔を見られないように顔を背けつつ、足早に歩き出した俺の隣にピッタリと並んで歩く竜馬くん。 ――思い出しちゃう。穂高さんと正式に付き合う前に、一緒に帰っていたのを。やってることがまったくと言ってもいいくらいに同じで、頭を抱えるレベルだった。「俺ね、アキさんが大学構内の階段下で電話してるの、偶然聞いちゃったんだ」「!!」 竜馬くんの言葉に一瞬声が出そうになり、慌ててくぅっと飲み込んだ。(――何であそこにいるのが、バレたんだろ?) 不思議に思って隣にいる彼のことを、恐るおそる見つめた。「『愛してる、穂高さん』って言ってるのを聞いて、すっごく妬けた。井上さんが羨ましくなった。だけどね……」 ため息をつきながら、こっちを見る。だけどそこはあえて無視しなきゃいけないから、視線を逸らそうと試みたけど、竜馬くんから放たれる熱のこもったものがすごくて、どうしても逃げられなかった。「俺の心の中に、蒼い炎がメラメラと燃え始めたんだよ。きっとアキさんの心に火を宿すために、俺の心に蒼い炎が点火したんだと思うんだ。この炎で君を包み込んで、奪ってあげるから。覚悟してほし
竜馬くんとの接触を控えるべく、まずはバイトのシフトの時間を変更しようと大学の授業が終わってから、コンビニに真っ直ぐ向かった。 従業員入り口から事務所に入ると、店長がパソコンの前で仕入れ状況の確認をしているところで、その背中に大きな声をかけた。「お疲れ様です!」「お疲れー。あれ、今日シフト入ってたっけ?」 キーボードの手を止めて小首を傾げながら、俺の顔をわざわざ見つめる。「いえ……。あのその件で、ご相談したいことがありまして」 店長がシフトという言葉を口にしてくれたお蔭で、すんなりと話ができそうだ。「紺野くんが深刻な顔して相談なんて、何だかドキドキするな。そういえば、スーパーのバイトを始めたそうだね。掛け持ちがキツくなってきたとか?」 傍に置いてあったパイプ椅子を目の前に用意し、座るように促されたので遠慮なく腰掛けて、背筋を伸ばしながら姿勢を正した。「スーパーは週末だけにしているので、全く問題ないんですけど……」 参ったな、竜馬くんとのシフトをズラす理由を考えてなかった――勢いだけで、ここに来てしまったから。「えっとですね大学の単位がですね、ちょっとだけヤバいのがあって……。できれば今のシフトの曜日を、変更していただけたら助かるんですが」 自分のバカさ加減を思いきり晒してしまうセリフになっちゃったけど、こうでもしないとシフトの変更をしてもらえないだろうと咄嗟に考えつき、眉根を寄せながら臨場感たっぷりに語ってみた。 俺の言葉に店長はパソコンの画面にシフト表を映し出して、う~んと唸る。「曜日の変更ねぇ。回数も減らした方がいい?」「やっ、そこまでしなくても大丈夫です! 曜日だけ変えていただければ、まったく問題ないですし」「だったら、俺のシフトとチェンジしたらどう?」 扉をノックする音と一緒に、聞き慣れた声が事務所の中に響いた。その声に振り返るなり、目が合った途端に微笑んでくれる。「ゆっきー?」「おっ、雪雄。いきなりの登場で話に入り込むとか、ちゃっかり盗み聞きしてただろ?」 店長はゆっきーの叔父さんにあたる人で、やり取りを見ていると親子のように仲がいい。「まぁ結果的には、そうなっちゃたけどさ。入りにくい雰囲気が、事務所の外まで漂っていたからね。で、シフトの話はどうかな千秋?」「ゆっきーのシフト?」「そ。ほら叔父さん、見せてやっ
***「だけど人の心は、移ろいやすいから。心変わりさせるキッカケを作って、アキさんを奪ってみせます」 険しい表情を浮かべて強気の発言をした竜馬くんを、ハラハラしながら傍で見つめるしかできなかった。 電話に出た当初はすっごく弱々しかった竜馬くんが、途中からガラリと態度が変わっていくとともに、会話の内容もエスカレートしていった。 竜馬くん側の内容しか分からないから何とも言えないけれど、穂高さんが挑発するようなことを言ったとは思えない。「俺の千秋に近づいてくれるな」とか、それに似たような言葉で止めに入っているはずだと思う。「ぁ、あのね、竜馬くん……」 耳からスマホを外して俯いたままでいる彼に、そっと声をかけてみた。 穂高さんとやり合った後なので、間違いなく興奮しているだろう。余計な話をしないで、さっさとスマホを返してもらおうと考えた。「そろそろスマホ、俺に返してくれないかな? もうすぐはじまる講義に行かなきゃならないし」 ごくりと唾を飲み込んでから、恐るおそる口を開いた。 次の講義は休講だったけどこう言えばすぐに手渡してくれると思い、アピールするように付け加えてみた。それに竜馬くんとふたりきりでいることも上手く回避できるという、一石二鳥のアイディアだった。「ゴメンなさい、アキさん。電話が終わったら、一気に力が抜けちゃって」 謝りながら1歩近づいてきた竜馬くんに向かって、右手を差し出した。その手にスマホを、載せてくれると思った。「わっ!?」 何の挙動もなく、いきなり抱きつかれてしまった。「イヤだっ!! 放してよ、竜馬くんっ!」「アキさんの中にある心の隙間に絶対に入り込んで、井上さんから奪ってあげる」「やぁっ! 耳元で喋らないで。いい加減、腕を外してって」 身長差が少ししかないから耳元で喋られると、吐息がダイレクトに耳に入ってきて、否応なしに感じてしまう。抵抗する力まで抜けてしまうくらいに。「へえ、耳が弱いんだ。それにすっごく可愛い声を出すんだね。乱れたアキさんの姿、見てみたいな」「お願いだから解放してよ。これ以上、何かしたら嫌いになるから」「分かった、嫌われたくないし。だけど覚えておいてほしいんだ」「…………」「アキさんを想うたびに気持ちがどんどん加速していって、止まらなくなるんだってこと。すごく君のことが好きだよ」 言い終
*** 毎日電話をかけていたからこそ、確実に千秋が捕まる時間が分かる。右手に持っているスマホを、じっと見つめた。 電話をかけた履歴から、午前10時半からの15分間がちょうどいいタイミングと睨んだ。 あのあとぼんやりしたまま、まんじりとしない朝を迎えてしまった。寝ていないせいで体が重いクセに、頭だけは妙に冴え渡っていた。(いつもなら何も考えなくても、すんなりと言葉が出てくるのに第一声、何を言えばいいのか……。千秋が困ることをしたくはないのにな。だけど、聞かずにはいられない) 今現在、竜馬という男とどうなっているのか。1ヶ月も経っているのに、断ることができていないのなら俺がそっちに行って、手を出すなと警告しなければならないだろう。 目の前に美味しそうなニンジンが無防備にぶら下がったままでいたら、手を出さないワケがないんだ。しかも俺の千秋は、可愛いのだから――。 あの顔でイヤだと言われたら、自動的にイヤがることを率先したくてたまらなくなるという、黒い自分が現れてしまう。俺と同じように執念深くてしつこい男なら、同類の趣味をしている可能性が高い――。 それゆえに千秋が明らかな嫌悪感を示さない限り、ずっと追い続けてしまうだろう。 俺が千秋を落したように、あの男も時間をかけて口説き落とそうとしているに違いない。簡単に渡して堪るか。 千秋と一緒に過ごした時間が、とても濃密だった。そしてふたりで、いろんなことを乗り越えてきた。だからこそ離れていても、強い繋がりができてると思っている。だが――。「そう思っているのは、俺だけなのだろうか?」 そんな自問自答を繰り返している内に、待っていた時間となった。 スマホを持っている手が、微かに震える。そのせいで上手く操作ができないなんて、情けないにも程がある。(必要の無い思い遣りなんて、しなくていいのに。千秋――) 無駄な体の力を抜くべく、はーっと深い溜息をついてからリダイヤルした。耳にスマホを当てた途端に、もしもしという可愛い声が聞こえてくる。「千秋、おはよう」「あ、おはようございます……」「今、大丈夫かい?」「はい。次の講義が休講になっちゃって、どうしようかなぁと思っていたところで」 ――ということは、時間はたっぷりあるんだな。「ね、昨日はあの後、グッスリと眠れたかい? 昨日じゃないか、そういえば」
***「千秋、可愛かったな」 離れているからなのか、いつもよりも察しのよかった千秋。俺がしたかったことを瞬時に嗅ぎとり、急いで自宅に帰ってそれを実行してくれた。『……っん、っふ……っう…』 スマホから聞こえてくる恥じらいを含んだ声色のせいで、俺自身が一気に張りつめてしまう。一緒にイキたいのに情けない。『うぁ、ほら、か……っ、さんっ……ぁあ、気持ち……ぃ、いい?』「いいよ、すごく。ぅっ、きっと千秋の中に入れた途端、んぅ…爆発してしまう…かもね」『そんなのっ、やっ、も、もっと……俺を感じさせて、くれ、なきゃ……』 こんな風に言われたんじゃ、意地でもガマンするしかないじゃないか。嬉しいね、まったく。「イヤだと言ってるが、俺を待たせたのは君だよ、千秋……いっ、今っ、何をしているんだい?」『な、何って、あぁ…あっ、そんなの、言わせな、い、で』「見えないから、聞いた、だけなのにイジワルだな。だけど、んっ、知ってるよ。どうなっているのか」 今すぐイキたい衝動に駆られるが、ここは必死にガマン――とにかく千秋を感じさせてあげなければ、ね。翻弄するツボは心得ている、とことん感じさせてあげるよ。 自身の弄っている手を緩め提出、千秋の淫らな姿を想像した。「千秋は俺のと違って、蜜をこれでもかと溢れさせるからね。きっと手元が、すごくヌルヌルになっているだろう?」『やっ、言わないで……』「その音を聞かせろなんて、ワガママは言わない。その代わり感じやすい先端部分、俺がいつもするみたいに弄ってごらん。今の俺の言葉だけできっと、蜜がたくさん滴ってきただろ? 間違いなくすごく感じると思うんだ、気持ちいいハズだよ千秋」 耳元に囁くイメージでいつもより低音で告げると、震える声で無理だという一言が返ってきた。「どうして無理なんだい? まだ余裕があるだろ?」『そ、んなのっ、な、ないって。もぉ、あっ…あっ、穂高さ、ひぃっ、イく、イっちゃう……』 その声に導かれて緩めていた手に力を込め、ストロークを目一杯に上げる。「俺も一緒にっ、くっ……うぅっ――」 声にならない声をあげ、瞬殺してしまった。姿が見えても見えなくても、千秋にイカされっぱなしだ。 またシようねと乱れた息をそのままに言ってあげたら、もうイヤだと言いつつも、どこか嬉しそうだった千秋。その雰囲気を感じとって笑い
*** 事務所で頭をきちんと冷やしてから店舗に顔を出したときに、もう一度竜馬くんに謝った。「大好きなアキさんがそんな顔してるの、あまり見たくないからさ。俺ができることがあれば、遠慮なく言ってほしいな」 ちゃっかり自分の気持ちを吐露しつつ優しい言葉をかける竜馬くんに、ありがとうとひとこと言って、その日はやり過ごした。(友達としての好きなら、こんなふうに複雑な気分にならずに済むのにな――) そう思いながらバイトを終えてコンビニから出た瞬間、ポケットに入れてたスマホが振動する。慌てて手に取って画面を見た。「……穂高さん」 漁の休憩と俺の帰る時間が、上手く重なったのだろうか? ちょっとだけ息を吐いて重たい気持ちを払拭してからタップし、耳にあてがった。「もしもし? 穂高さん?」「バイトお疲れ様。千秋」 電話の向こう側にいる穂高さんはとても晴れやかな声をしていて、それを耳にした瞬間、今日の疲れが吹き飛んでしまった。 竜馬くんのひとことでトゲトゲした自分が、バカらしく思えてならない。「穂高さん、今、大丈夫なの?」「ん……。今日は昼から、海が時化(しけ)ていてね。波が高いから、漁は中止になったんだよ」「わざわざ起きて、俺の帰りを待っていてくれたの?」 毎日かけてくれる穂高さんからの電話――竜馬くんのことを伝えられない関係で心苦しいところがあれど、こういうことをされちゃうと無条件に、胸の中があったかくなってしまう。「一応寝ようと思って、ベッドには入ったんだ。でも隣に千秋がいないと、どうも寝つきが悪くてね。ひとりでいると君の声が聞きたくって、堪らなくなるんだよ。参った……」「そりゃ俺だって、穂高さんの声を聞いていたいけどさ。でも休めるときは、きちんと休んでおかなきゃダメだよ」 背筋をピンと伸ばして、足早に歩いた。参ったと言ってる穂高さんの声に、思わず笑みが零れてしまう。「分かってはいたんだが、どうしても千秋にお疲れ様が言いたくて」 まるで駄々っ子みたいなセリフの羅列ばかりで、唇に笑みが浮かんでしまう。「ありがとう。すっごく嬉しい」「俺も嬉しいよ、千秋の元気な声が聞けて。そっちに帰ってからどことなく千秋らしくなくて、心配していたんだ」(あ――……)「千秋……千秋。島で過ごした夏休みは、君とずっと一緒にいたからね。こうやって離れてしまう